疲れている夜ほど、
昔のことを思い出すことがある。
仕事から帰ってきて、
部屋の電気をつけて、
なんとなくスマホを眺める。
誰かから連絡が来ているわけでもないのに、
何度か画面を開いては閉じる。
そんな夜。
「最後に、本気で誰かを好きになったのって、
いつだったかな」
好きな人からLINEが来ただけで嬉しかった。
たった一言の返信を、何度も読み返した。
次に会える日が決まるだけで、
仕事を頑張れる気がした。
服を選ぶ時間さえ楽しくて、
待ち合わせ場所へ向かう電車の中で、
少しだけ緊張していた。
今振り返れば、
どうしてあんなに一人の人のことで
笑ったり、落ち込んだりできたのだろうと思う。
でも、きっとあの頃は、
誰かを好きになることに
理由なんていらなかった。
条件を確認する前に、心が動いていた。
何をしている人か。
どんな未来を考えている人か。
どんな毎日を送っている人か。
そんなことを全部知らなくても、
「会いたい」と思った。
ただ、それだけだった。
大人になると、恋愛は少し複雑になる。
一度深く傷ついた人もいる。
長く付き合った人と別れた人もいる。
気持ちを伝えられないまま終わった恋を、
心のどこかに残している人もいる。
忙しさに追われているうちに、
恋愛からずいぶん離れてしまった人もいるだろう。
若い頃のように、
「好きだから」だけでは進めなくなる。
相手のことだけではなく、
自分のことも考えるようになる。
今の自分に、
誰かを好きになる余裕はあるだろうか。
この気持ちは本物だろうか。
また傷ついたら、どうしよう。
近づいたぶんだけ、
離れるときに苦しくなることも知っている。
だからこそ、簡単には踏み出せなくなる。
それは悪いことではない。
むしろ、
人を大切に思うことの重さを
ちゃんと知ったからこそなのだと思う。
でも、慎重になればなるほど、
いつの間にか私たちは、
「好きになること」より
「傷つかないこと」を優先してしまうことがある。
誰かと出会っても、
少し話してみても、
心が前みたいに動かない気がすることがある。
悪い人じゃない。
やさしい人かもしれない。
ちゃんとしている人かもしれない。
それでも、
「また会いたい」という気持ちが、
すぐには生まれない。
そしてふと、
「私はもう、誰かを本気で好きになれないのかもしれない」
そんなふうに思ってしまう夜がある。
でも、それは
恋する力がなくなったわけではない。
たぶん少しだけ、
心が疲れているだけなのだと思う。
毎日いろんなことを考えて、
いろんなことに気を遣って、
自分でも気づかないうちに、
感情をしまい込む癖がついているだけかもしれない。
本当はちゃんと、
誰かを好きになれる心は残っている。
ただ少し、
静かに休ませてあげる時間が必要なだけだ。
最後に本気で誰かを好きだった頃を、
少し思い出してみてほしい。
その人が完璧だっただろうか。
きっと違う。
少しだらしないところがあったり、
頑固だったり、
連絡が遅かったり、
自分とはまるで違う考え方をしていたり。
今考えれば、
「なんであんな人を好きだったんだろう」
と思うことだってあるかもしれない。
それでも、好きだった。
人を好きになるというのは、
完璧な相手を見つけることではない。
何でもない話を
もう少し聞いていたいと思ったり。
その人が笑うと、
つられて自分も笑ってしまったり。
一緒にいる時間が、
少しだけやわらかく感じたり。
別れたあとに、
「今日、楽しかったな」
と自然に思えたり。
そんな小さな感情の積み重ねなのだと思う。
・・・恋は、
大きな出来事から始まるとは限らない。
最初は何とも思っていなかった人が、
二度、三度と会ううちに、
少しずつ気になることもある。
話し方が好きになる。
笑い方が好きになる。
さりげないやさしさが、心に残る。
自分の何気ない言葉を覚えていてくれたことが、
なぜかとても嬉しくなる。
そんなふうに、
あとから静かに始まる恋もある。
むしろ大人になってからの恋は、
そういうものなのかもしれない。
そしてもう一つ。
昔みたいに誰かを好きになれない自分を、
責めなくていい。
昔と今では、
背負っているものが違う。
仕事もある。
生活もある。
守りたいものも増えた。
失敗した経験だってある。
傷ついた記憶があれば、
心が慎重になるのは当然だ。
だから、
「昔はもっと簡単に恋ができたのに」
と思わなくていい。
あなたが冷めたわけでもない。
恋愛ができなくなったわけでもない。
ただ、
人を大切にすることの重さを
知っただけなのかもしれない。
もし今、少し疲れているなら。
今日は無理に前を向かなくてもいい。
誰かと比べなくてもいい。
何か答えを出そうとしなくてもいい。
これから先のことを、
今夜すべて決めなくてもいい。
温かい飲み物でも入れて、
昔好きだった音楽を流してみる。
そして、
最後に本気で誰かを好きだった頃の
自分を少しだけ思い出してみる。
誰かを待っていた自分。
会えるだけで嬉しかった自分。
好きな人の前で、
少しだけ格好をつけていた自分。
その恋が終わっていたとしても、
そのときの気持ちまで
消えたわけではない。
あなたの中には、
ちゃんと今も残っている。
誰かを好きになった記憶は、
「もう恋なんてできない」という証拠ではない。
むしろ逆だ。
あなたには、誰かを大切に思える心が
あるという証拠だ。
人はつい、
これからのことばかり考えてしまう。
この先どうなるだろう。
また誰かと出会えるだろうか。
もう一度、あんなふうに心が動くことはあるだろうか。
でも、人の気持ちは
予定表どおりには進まない。
だからこそ、
たまには未来を考えるのをやめて、
自分の心を見る夜があってもいい。
理由じゃなく、
「この人といると少し落ち着く」
「もう一度話してみたい」
「なんとなく気になる」
その程度でいい。
恋の始まりなんて、
案外そんな小さなものだ。
夜は、不思議だ。
昼間なら気にならないことが、
急に寂しく感じたりする。
昔の恋人の顔を思い出したり。
言えなかった言葉を思い返したり。
この先、本当に誰かとまた出会えるのだろうかと
不安になったりする。
そんな夜があってもいい。
答えを出さなくていい。
人生には、
考えても答えが出ない夜がある。
そして恋愛もまた、
考えれば考えるほど
分からなくなることがある。
だから今日は、
「誰かを探さなきゃ」ではなく、
「また誰かを好きになれたらいいな」
くらいで眠ろう。
それで十分だと思う。
・・・いつかまた、
たった一通のメッセージを
少し嬉しく思う日が来るかもしれない。
次に会う約束をして、
その日を楽しみに一日を過ごすことが
あるかもしれない。
待ち合わせ場所へ向かう途中、
鏡に映った自分を見て
少しだけ髪を直す日が来るかもしれない。
恋は、
探し疲れた先で見つかることもある。
そして、
「もうそんな気持ちにはならないだろう」
と思っていた人ほど、
ある日突然、
誰かのことを考えている自分に気づくことがある。
最後に本気で誰かを好きになったのを
思い出す夜。
それは過去を振り返る夜ではなく、
もしかすると、
もう一度誰かを好きになるために、
心がゆっくり動き始める夜なのかもしれない。