玄関でヒールを脱いだら、
足の裏が、
じんわりと熱かった。
引き出物の紙袋を
ソファの端に置いて、
そのまま、
少しだけ座る。
テーブルランプひとつ。
窓の外には、
いつもの夜の街。
さっきまでの賑やかさが、
嘘みたいに静かだ。
きれいだった。
ドアが開いて、
光の中を歩いてくる姿を見たとき、
思わず、
手のひらを胸の前で合わせていた。
学生のころ、
夜通し話した友だち。
失恋した夜に、
電話の向こうで
一緒に泣いてくれた人。
その人が、
あんなふうに笑っている。
「おめでとう」を、
今日は何度言っただろう。
どれも、本当の気持ちだった。
それなのに、
帰りの電車で
窓に映った自分の顔を見たとき、
少しだけ、
言葉が出てこなかった。
うらやましい、とは
少し違う。
取り残された、とも
少し違う。
ただ、
同じ場所から歩き出したはずの道が、
いつの間にか
別々の景色になっていたことに、
今日、はっきり気づいただけ。
そういう夜も、
あっていいのだと思う。
テーブルの上の、
小さなブーケ。
「次はあなたの番ね」
そう言われて、
笑って受け取った。
順番なんて、
本当はどこにもない。
誰かと比べて
早いとか、遅いとか。
そういうものではないことも、
ちゃんと分かっている。
分かっているのに、
少しだけ揺れる。
それも、正直な自分。
披露宴の終わりに、
新婦が読んだ手紙を思い出す。
大げさな言葉は、
ひとつもなかった。
「いつも、そばにいてくれてありがとう」
それだけのことが、
あんなにまぶしく聞こえたのは、
なぜだろう。
たぶん、
誰かのそばにいることの
あたたかさを、
私も知っているからだ。
そしてそれを、
まだ手放したくないと
思っているからだ。
髪をほどく。
イヤリングを外す。
ワンピースのしわを、
そっと手でのばす。
今日の私は、
ちゃんと友だちを
お祝いできた。
それだけで、
今夜は十分だと思う。
もしもいつか、
自分にも
誰かと並んで立つ日が来たら。
そのときは、
今日の友だちのように、
あんなふうに笑えたらいい。
来なくても、
今日のこの気持ちは、
ちゃんと私のものだ。
ブーケを、
コップの水に挿しておく。
明日の朝、
少しだけ開いた花を見たら、
きっとまた、
あの笑顔を思い出す。
今夜は、
おめでとうを言い終えた夜。
おつかれさま。
そして、
おやすみなさい。