夜、鏡の前に立つ時間が長くなった。
何か特別なことがあったわけではない。
仕事から帰って、
メイクを落として、
髪をほどいて。
いつもの自分の顔を見ていただけだった。
・・・若い頃は、
鏡を見ることにそれほど意味はなかった。
今日は少し肌の調子がいい。
この服は似合う。
髪型を変えてみようかな。
それくらいだった。
でも、いつからだろう。
鏡を見るたびに、
そこにいる自分の「これまで」まで
一緒に見るようになった。
笑った日。
眠れなかった夜。
仕事で悔しい思いをして、
駅のホームでひとり、
唇をかんだ日のこと。
本当は泣きたかったのに、
家に帰るまでは泣かないと決めた日もあった。
誰かの前では、
平気な顔をしていた。
「大丈夫です」
その一言で済ませたことが、
いくつあっただろう。
女性として生きていると、
説明しないことが増えていく。
体調が悪い日。
理由もなく気持ちが沈む日。
月の半分くらい、
なんとなく万全ではないと感じること。
それでも朝になれば起きる。
顔を洗う。
髪を整える。
服を選ぶ。
仕事へ行く。
人に会えば笑う。
誰かに頼まれれば、
「いいですよ」と答える。
そうやって、
今日までやってきた。
だから、
「結婚についてどう考えていますか」
と聞かれても、
本当の気持ちは、
そんなに簡単には答えられない。
結婚したい。
でも、
自分の生活を全部変えたいわけではない。
誰かと一緒にいたい。
でも、
無理をしてまで誰かに合わせたいわけでもない。
仕事は続けたい。
けれど、
そう言ったらどう思われるのだろう。
子どものことも、
考えないわけではない。
考えるからこそ、
簡単に口にできない。
親のこともある。
これから先、
自分が年齢を重ねていくこともある。
婚活を始めようと思ったとき、
出会うことより先に、
いろいろなことを考えてしまった。
写真を撮ると聞けば、
「今の私を撮るんだ」と思った。
プロフィールを書くと聞けば、
「私は、どんな人なんだろう」と思った。
条件を決めると聞けば、
「条件で人を好きになれるのかな」と思った。
そんな自分を、
少し面倒だと思う日もあった。
昔はもっと、
単純だった気がする。
好きな人から連絡が来れば嬉しかった。
次に会える日が決まれば、
それだけで一週間が少し楽しくなった。
服を選んで、
鏡の前で何度も髪を直して。
待ち合わせ場所に向かう電車の中で、
少し緊張していた。
あんなふうに、
誰かを好きになることは、
もうないのだろうか。
そう思ったこともある。
でも、
なくなったわけではないのかもしれない。
ただ、
長い間使わなかった気持ちが、
少し静かになっているだけなのかもしれない。
婚活という言葉を聞くと、
どうしても「決める」ということを
想像してしまう。
年齢を決める。
条件を決める。
会う人を決める。
交際するか決める。
結婚するか決める。
けれど、
その前に必要なのは、
自分が今、何を感じているのかを
誰かに話してみることなのかもしれない。
年齢のこと。
体のこと。
仕事のこと。
子どものこと。
親のこと。
自分のこれからのこと。
そして、
もう一度誰かを好きになれるのか、
ということ。
全部を、
きれいに説明できなくてもいい。
答えが出ていなくてもいい。
「自分でもよくわからないんです」
そこから始まる話もある。
・・・女性として生きることは、
たぶん、
ずっと自分と付き合っていくことだ。
若い頃の自分とも。
今の自分とも。
これから年齢を重ねていく自分とも。
だから、
婚活のために別の誰かになる必要はない。
若く見せるためでもない。
無理に明るくなるためでもない。
誰かに選ばれる人になるためでもない。
今の自分を、
少し好きでいられること。
鏡を見たときに、
「悪くないな」と思えること。
そしていつか、
誰かの隣に立ったときにも、
その人に合わせて作った自分ではなく、
いつもの自分で笑っていられること。
それが、
いちばん美しいのかもしれない。